今の主役は自分なの相手なの?〜フィードバックの仕方〜

これ言っちゃっていいのかな?

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ギタリスト、ハヤエモニストの北島健吾です。
今回はコミュニケーションの話。
何かを相手に伝える仕事をしていたり、自分の友人や恋人と一緒にいるとき、『相手の気づいていない失敗』を指摘する機会があると思います。
「これを今言ったら嫌われるんじゃないか?」
「今日のデート、ギクシャクしないかな?」
悩みが尽きないですよね。でも明らかに言ってあげた方が相手にとってメリットがある。
そんな時の心の動かし方を考えました。

話す時の自分の心の癖を考える

ギター講師の仕事などをしていると、生徒に対してダメ出しをする機会が非常に多いです。
それは、生徒がお金を払って受講して信頼関係が出来上がっているので当然だと思います。
「先生、現状このような状態なんです、見てください」
「ああ、ここをこうするといいね。あ、それは悪い癖だと思うから改善しよう」
これは発注に対して応じてる感じです。間違いがないコミュニケーション。
でも、中には『言われる準備ができていないこと』もあります。
よくあると思いますが、本人が無意識にやっていて気がついていない部分。
それって無意識なので、急に言われると『えっ!?』となり心に負担がかかるわけです。

教えてください、って言われていないタイミングで教えるのは余計な御世話?

例えば、動画投稿サイトなどで歌ってみた、弾いてみたなど色々な演奏動画をみていると、
コメント欄に『〜〜が下手くそ』『〜〜をもっとちゃんとした方がいい』のような名人コメントが発生したりしませんか?
また、SNSなどで直接的に教えてくださいとは言ってないお悩み系のつぶやきに対して『それは〜〜だよ』と絡みにいってしまうこと。
これ、伝わり方が間違うと余計な御世話になってしまいます。

イメージしてみてください。

テレビゲームやってる時に、「ここはこうした方がいい、そこはやめた方がいい」のような『親切心?』が出てしまって、横から口を挟むと「ネタバレやめろ」「余計な御世話だよ」となったりします。
久しぶりに会った友達に「太ったね、ダイエットした方がいいよ」とか言われる、、、
これ、カチンと来ますよね。

この時って、話の主役はどっちなの?
そのコミュニケーションは誰の為のものなのか?これを今一度考えてから発するといい気がします。
注意をしたりする場合、「これ言ったら嫌われるんじゃないか?」「余計な御世話かもしれないなぁ」このマインドって自分がどう思われるかに焦点が向いてしまってます。
そこを、「これを言っておかないと相手が損をしてしまう」「言った結果、楽しみを奪ってしまう」「言えば豊かになる、言わないと何も変わらない」など主役を相手に置き換えて考えてみると、言い方やシチュエーションを丁寧に吟味できるようになっていくと思います。

自分で考えたい人

『考えさせる質問をする』これがいいと思います。
だって、考えたいわけですから。ヒントを出すのではなくて、うまい方向に行くように誘導して行くと自分で気がついた喜びも得られるかもしれないです。

フィードバックに慣れてない人

自分の失敗などを指摘されると思いっきり凹んでしまうタイプ。
指摘をされることがメリットになるような伝え方をしましょう。
『ダメだよ』と言われるよりは、『こうした方があなたにとってこのようにメリットがある』『やっておかないとこのようなデメリットがある』と直接語りかけた方がいいような気がします。

 

今は自己肯定感が低めの人が非常に多いと思ってます。

「フィードバック入れたからといってあなたがダメな人間とは言っていない。」

ここを伝えることが大事です。

 

生産性のあるダメ出し・ヒントなどは、自分がの印象を考慮して控えておくのではなくて、うまいこと相手のメリットになるように伝えられるとスムーズだと思います。

仕事の場合、伝えるのを躊躇した結果長期にわたって全体的に損失が出てしまったりもします。

 

余談ですが

彼女の身だしなみ注意できる??
これについては、昔テレビで取り上げられていたほど難しいところです。
せっかく可愛く綺麗にメイクしてドレスアップしていても、本人が気がつかない鼻毛が出ていたりとかですね。

どんなタイミングでどうやって指摘するのか、気がつかない振りするのか、どっちが相手思いでしょう?

今だったら言った方がいいなとは思いますね。
ただ、空気が難しそうですねぇ。男女の壁。


ここまで読んでいただきありがとうございました。

 

 

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共通する価値の縛りから解放されると心が踊り出す

自分がどんなこと考えてるか話すの得意?

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ギタリスト、ハヤエモニストの北島 健吾(きたじまけんご)です。

脳内メーカーでは2017年は楽しいみたいです(笑)

今日の話は、自己表現が苦手な人ほど自分のリミッッターを解放することで心が生き生きしてくる、そんな記事です。
極力一人きりでコミュニケーションは控えめに生きていく人生も悪くはないのですが、何かのグループに入ったり好きな異性と話したりいろいろな場面で「僕はこんなやつなんですよ」っていうことが得意な方がいい場面もあると思います。

そもそも、表現って必要なの?

主役が自分なら

僕は、主役が自分なら要らないといえば要らないし、要るといえば要ると思います。

自分の中に閉じ込めておいても生きていけるし、表現した方が面白い場合もあります。

自分の好きなようにしたらいいんです。

主役が相手なら

自分がどういう人間なのか、伝えてあげた方が親切なのかなと思いました。

求められなければ必要ないかもしれないし、普段からだしていたらそれが人格と見なされたりもして面白いと思います。

なんでそんなに相手の中身が気になるの?

ズレを気にする

人間は考えたり、感情表現をしたときに相手に伝わっているかどうかを気にしてしまう珍しい生き物だと思います。共感が大事なんでしょう。
例えば、動物は動物本来の生き方に沿って生きている気がします。ライオンから生まれてライオンとして育てられたらライオンのまま生きるだろうし、コアラはコアラなわけです。
疑問をもって生きてるかなんてわかりませんよね。
僕はわからないものは基本的に気にしないタイプなのですが、気にする人もいるわけです。
例えば、それが愛犬や愛猫だった場合、「何考えてるのかな?」「感情があるのか?」とか気にする人もたくさんいると思います。
動物が情報伝達の方法が人間と比べて明らかに少ないので、本当にわかっているかは別ですがそういうことが好きな人もいるはずです。

人間を相手にすると

聞いてみようと思うわけです。
「何考えてるの?」と。
聞かれたい人と、聞かれたくない人もいるし、
話したい人と、話したくない人もいますよね。
慣れていないと『自分はこういうヤツ』っていうのを一言で言えないのもありますよね。

なんでアウトプットしたくないのか?

そこには障害がある気がします。
『出すことにメリットを感じない』『出すことがデメリットになるかもしれない』『むき出しなんて恥ずかしい』『迷惑かもしれない』『馬鹿にされるかもしれない』
いろいろあると思います。

そもそも『価値』は要らない

ついつい、メリットやらデメリットを考えてしまうことがありますが、
『価値』を取っ払ったら思いのまま表現出来るような気がします。

例えば、「宝くじ当たったら何がしたい?」「あなたのファンが1億人いたらなにがしたい?」みたいものです。

バカをいってるなと思うかもしれませんが、
そうなんです。バカになる必要があります。

例えば「お金」「評価」などそういった自己評価に作用する価値を取っ払います。

①稼ぎがないから自信満々に夢を語れない
→宝くじあたったらでいいんですよ。あなたが、『イイワケ』にしてるその価値を取っ払えば、自由に話せます。
②人望がないから、あんまり偉そうなこと言えない
→人気者だったらどうするのか?を考えるんです。めちゃくちゃ人気者の自分だったら、自分のイベント作ったりするかもしれないですね。

お金の縛りがなければ何したいの?

僕の場合はスタジオ作って、高級ギターやヴィンテージギター集めてレッスンしたり試奏できるようにして、
老若男女にギターってこんなに面白い楽器なのか、、っていうのを伝えたいなぁと思うんですね。
これって、今の現状を考慮した上で何できるか?って聞かれると『冷静』に考え過ぎて感情が引っ込んでしまったり、やったこともないのにできないって思ってしまうんです。
バカになりきれない。

 

それ思うと、賛否両論あった西野亮廣さんの『お金の奴隷解放宣言』ってものすごくキャッチーなフレーズなのかなーって思いました。
内容はいいも悪いもコメントはしませんが、
その言葉のキャッチーな要素だけを使えば、一つの価値基準に縛られてしまうのは心を押し込めてしまうかもしれないなぁということでユニークな表現だと思いました。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

『偉さ』を競わなければバッチリ好印象を与えられるらしい

感じの良いオーラを出そう

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ギタリスト、ハヤエモニストの北島健吾です。髪の毛切りました。

めっちゃ笑ってますが、いいアコギ持ってたらこんな顔になっちゃいますよね。(顔が近い笑)

昨日はギタリストの佐藤誠さんのライブを見に行ってきました。
初めてお会いする大先輩にも関わらず、緊張しやすい僕が緊張しないで喋れた不思議な方でした。

「なぜ、こうなんだろう??」

緊張してしまう人と話しやすい人の雰囲気の違いについて考えました。

尊敬と萎縮

職場とかにいませんか?
仕事はすごいできるけど、どこか高圧的で苦手な人。
質疑するならその人にした方がスムーズだけど、プライベートで話しかけるのをためらってしまいますよね。

それに比べて、大先輩にも関わらず気さくに話してくださり、冗談を交えつつ話してくれる人。
趣味とか食べ物とか色々な話が弾む人だと、プライベートでも仲良くなれそうな気がしますよね。

 

どっちがいいですかね?

面白いし、しっかりしている。
人としてカッコいいのに、心的距離感が近い人。
きっとそれって普段のキャラクターや人相から溢れ出るフレンドリーさなんでしょうね。

僕にとってはうまいギタリストが基準ですが、
上手い人とか結果出してる人って『すごい人』なんですよね。
実際にすごいんですよ。でもすごいのに話しかけやすいっていうのは自分の中ではなかなかあり得ないことなんです。

コミュニケーションのバランス感を考えていきます。

初対面でどの程度自分をだせますか?

例えば、、

周りが全員トッププロで自分より明らかに知識人、こんな人たちの前で自己紹介をしないといけない。自分の持っている『面白い話』をしないといけない。

緊張します。
「失礼なことしないかな?」とか、
「自分はこの人にとって面白いバックボーンないだろうしなぁ?」とか初対面で相手のことを何も知らないくせに限界を決めつけがちです。

僕は、自分語りが苦手な方でした。
「これ話して意味あるの?」を先に考えてしまうからです。それは、自分をよく見せたがってる証拠です。
横並びの友達関係だと、そこまで意味に縛られず、平気でジャズフィーリングに富んだ言葉遊びや脱線を繰り返すのに、自分の中で『尊敬』が生まれると固まってしまいます。

何故偉い人が苦手なんでしょう。

偉く見られてる場合じゃない。

偉い人の前で自分を出せないのって、

自分を『偉い』の物差しで測ろうとしてしまっているからだと思いました。

なぜスゴいところを見せないといけないのか?
『偉そうな人』好きですか?
僕は全然無理です。
人が好きになるのは『面白い人』だと思います。

『偉そうな人』『面白い人』は全く違う

人前に出た時には堂々と胸を張れとよく言われます。
でも、胸を張るだけだと『圧』にしかならない場合があります。

堂々としつつ、それが偉そうに振る舞うことじゃなくて相手の立場を考慮した丁寧さを兼ね備えていると、一気に親しみやすくなりますよね。

レッスン現場では

レッスンしている時に、「偉そうに自分の得意なこと語ってる感じ」がでると声のトーンや表情、言葉遣い、いろんな要素で『偉そう』になってしまう時があり、そうすると生徒も自分の『言いたいこと』を言い出せなくなってしまいます。

でも、レッスン以外の要素で『先生は面白い人』っていうイメージが出るとどうでしょう?
冗談いったり、どうでもいい趣味の話をしてみたり『偉い人の前に人間』この部分が分かると一気に親近感が湧く気がします。
で、それを探って行くのを生徒側に任せるのではなくて先生が出してく方がいいと思います。

先生というのは無意識に『スゴい人』になってしまいがちなので、自分からとっつきやすさ出していかないと今の時代コミュニケーション苦手な人の方が多いので注意したいところです。

 

ここまで読んでいただきありがとうございました。

 

前に緊張感を与えないことの重要性に触れて書きました。
こちらも読んでみてほしいです。

  

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